鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice
ヘリコバクターピロリ(Helicobacter pylori)というバクテリアは慢性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、それに胃癌との強い因果関係を持っている菌です。
オーストラリアの人口の約1/3はこの細菌に感染しています。日本人、中国人、ベトナム人などのアジア系人種はもっと高い感染率です(70-80%)。年齢とともに感染率は高くなります。男女の差はありません。
ヘリコバクター菌について
このバクテリアは螺旋状でねじ状の形をした菌で、ねばねばした胃の粘液の中を旋回状に動き、胃の粘膜に達していきます。酸性である胃液の中で生存できるように、尿素を分解する酵素の働きにより、アルカリ性であるアンモニアの保護膜を作りだします。胃の中ではおもに胃洞の部分を好んで生存しているようですが、胃の他の部分でもみられます。
このバクテリアは体のあらゆる白血球や抗体反応を避けることに成功し、治療をしなければ一生感染した胃の中に残るようです。あらゆる酵素や細胞毒素を生産するので炎症反応をおこします。その炎症反応のひどさはヘリコバクターの菌株によって異なるようです。感染ルートは便から口、あるいは口から口だと考えられています。通常、感染は幼児期におこり、治療をしなければ一生菌は残ります。一度治療に成功すれば再感染することはほとんどありません。
ヘリコバクターと病気の因果関係
現在では次の病気がヘリコバクターピロリと因果関係を持っていると思われています。
*十二指腸潰瘍
十二指腸潰瘍を患っている人の約90%からヘリコバクター菌がみつかります。十二指腸潰瘍は従来使われてきた薬では一時的に症状を抑え、潰瘍を治すことができましたが、薬をやめればいずれは再発する可能性が高い病気でした。抗生物質の使用で、この菌をなくすことに成功すれば、かなり潰瘍の再発率を低めることができます。十二指腸潰瘍のその他の原因としては消炎剤(リウマチや関節炎のときに使われる薬)の使用があります。ヘリコバクター感染が確認されない潰瘍のほとんどは消炎剤によるものです。
*胃潰瘍
約70%の胃潰瘍患者からヘリコバクター菌がみつかります。十二指腸潰瘍と同じように治療によってこの菌を胃から根絶させることができれば、潰瘍の再発率がかなりおちます。やはり、ヘリコバクターがない胃潰瘍の場合は、消炎剤が原因となっていることがほとんどです。
どちらの潰瘍も消炎剤を使っていてしかもヘリコバクター菌を持っている人のほうが菌を持っていない人よりも潰瘍がおこりやすいのも事実です。ヘリコバクター菌を除去しても潰瘍の再発のリスクの高い人は消炎剤やアスピリンを長期間使用している人とヘリコバクター菌の除去に再度失敗した人です。このような場合には長期間プロトンポンプ阻害薬(Proton pump inhibitor, 胃酸の分泌を抑える薬)を使用し、潰瘍の再発を予防することも大切です。
*胃癌
ヘリコバクター菌と胃癌との関連も強く、慢性B型肝炎と肝臓癌との因果関係と同等に見られています。
しかし、胃癌の発生には複数の因子が関連しているようで、ヘリコバクターだけではなく、発癌物質の 摂取との関連も大きいようです。胃癌の家族歴があったり胃癌の既往歴がある人でヘリコバクター菌の保持者でしたら除菌治療をしておくことが薦められています。
胃癌でもMALTリンパ腫(MALT Lymphoma)というタイプの癌とヘリコバクターの関連はより強く、この癌をもつ患者さんの90%以上はヘリコバクターに感染しています。なお、同じようにヘリコバクターを治療すれば、この種の胃癌は退行するようです。
*機能性消化不良 (Functional dyspepsia)
機能性消化不良とは、潰瘍や胃炎の形跡も胃カメラでは見られないで胃の痛み、重み、不快感などを訴える場合です。このような患者さんの約50%はヘリコバクター菌が見られますが、はっきりとこの菌の治療によって症状が改善する傾向は見られません。
*胃食道逆流症 (Gastro-oesophageal reflux)
この疾患を持つ患者さんは逆にヘリコバクター菌による感染率は低いようです。そのメカニズムはまだわかっていません。
検査方法
1)胃カメラを必要とする検査:
*Urease検査 ー ヘリコバクター菌は Urease という尿素を分解できる酵素をたくさん生産します。胃カメラのときに胃液を採り、それを尿素が含まれる液に入れると、ヘリコバクター菌があれば、このUreaseという酵素のために尿素が分解され、アンモニアが生産されて液がアルカリ性に変わります。このpHの変化を見ることによってヘリコバクターの存在を確かめることができます。
*培養検査 ー 胃液を培養してヘリコバクター菌があるかを確かめます。比較的面倒な検査です。 抗生物質の治療効果が思わしくない場合に、ヘリコバクター菌の抗生物質に対する感度を調べるためにする検査です。
*生検 ー 顕微鏡で胃の細胞の変化を見ると同時にヘリコバクター菌の存在を確かめることができますが、時間もかかり、金額も高いので、普段はあまりしない検査です。
2)胃カメラを必要としない検査:
*抗体検査 ー 以前に感染したかがわかりますが、現在まだ感染しているのか、あるいは治療が成功したかを確認するには役立ちませんので有効性は限られています。
*呼気検査 ー 同位体(Isotope)で置換して識別された炭素原子がふくまれている尿素を飲みます。ヘリコバクターのもつ酵素の作用により尿素が二酸化炭素にかわり、吐く息に含まれて出てきます。この識別された炭素原子を含む二酸化炭素の量を測ればヘリコバクター菌の有無を見ることができるわけです。この呼気検査は菌が根絶されて1ヶ月すれば陰性になりますので、治療効果を胃カメラなしで確認するために役立ちます。
*便の抗原検査ー 便の仲に含まれるヘリコバクター菌を探知する検査です。現在感染しているかを見極められるのは呼気検査と同じですが、便をとって検査に出さなければならな いという不便さがあります。
治療法と治療の対象
ヘリコバクター菌の感染者すべてに治療を行うわけではありません。治療の対象となるのは主に次のようなケースです。
*胃潰瘍、十二指腸潰瘍を患っている人
*MALTリンパ腫(MALT Lymphoma)、特に初期状態
*初期の胃癌(内視鏡で切除できた癌)
*胃癌の既往歴、あるいは家族歴
ヘリコバクター菌を持っていても組織学的な変化がなかったり、症状が全くない患者さんには治療をすることによるメリットは見つかっていません。機能性消化不良(Functional dyspepsia)についても同じことがいえます。 ただ、この場合メリットが見つかっていないというだけで、治療をする必要がないとか無意味であるという結論が出ているわけではありません。日本人なら、胃癌の発生率が比較的高いので上記のリストにあてはまらなくても治療をしておくほうが賢明かもしれません。
治療はプロトンポンプ阻害薬(Proton pump inhibitor, PPI)と同時に2種類の抗生物質を1週間服用します。
ペニシリンアレルギーがない場合は PPI と Clarithromycin, それに Amoxycillin の3種類の薬をつかいます。ペニシリンアレルギーがある場合は Amoxycillin を Metronidazole という薬と取り替えます。
1週間はきちんと飲みきらないと効果がなかったり、抗生物質に対する抵抗がおこったりする危険もあります。
菌を根絶したかの確認は4-6週間後に呼気検査をすればわかります。治療の成功率は90%以上なので上記のリストに挙げられている理由で治療をしたのでなければ再検査をする必要もないかもしれません。もし治療が失敗した場合は PPI を含めた4種類の薬で再度治療してみるか、内視鏡で胃からのサンプルを採取し、菌を培養して抗生物質に対する感受性を調べ、適切な抗生物質を選んでから再治療をすることもあります。