鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice
世界的な気候変動により、地球全体の温度が上昇し、猛暑の波が訪れる頻度も高まっているようです。高熱による人体への影響はごく軽いものから重症で命に関わるような疾患がおこることもあります。
熱に対する人体の生理学的反応
人体にはいくつかの平熱を保つための恒常性のメカニズムがあります。しかし、環境温度が高すぎたり人体内部からの過剰な発熱があったりするとそのメカニズムが崩れ、平常体温を保てなくなります。体温の調整は主に皮膚を通してなされます。
*伝導 ー皮膚が冷たいものに接触することによって熱が外部に伝わること。例えばからだにアイスパックをあてたような
場合。
*放射 ー熱が体外に放射線エネルギーによって拡散されること。
*蒸発 ー皮膚の汗腺が塩分濃度の高い汗を生産し、それが蒸発することによって体温を低める効果がおこります。
*対流 ー熱い物体の表面を冷たい空気や水が通り過ぎれば熱いものから冷たいものへと熱が移されます。
人が涼しい環境から暑い環境に移った場合、上記のようなメカニズムが働き、気候順化がおこりますが、その新しい環境に適応するまでには10~14日かかります。
日焼け
照射時間と日差しの強さによって影響されます。赤道に近づくほど日射は強く、紫外線も強くなります。また、冬よりも夏の方が日差しは強くなります。
日焼けとは、皮膚が赤くなり、火傷のような痛みが出てくることをいいます。炎症がひどければ水疱ができることもあります。ビタミンEのクリームや痛み止めで対処します。水疱はつぶさずに自然にしぼんでくるのを待つほうが化膿しにくくなります。
若い頃から紫外線をあびていて日焼けを繰り返しておこしていると皮膚癌、とくに悪性黒色腫(Malignant melanoma)になる可能性が高まります。強い日差しのところに出る時は必ず帽子をかぶったり日焼け止めクリームを使うように注意してください。
あせも、汗疹
気候が暑くなると汗腺による汗の生産が増えます。このとき、汗腺が詰まってしまって化膿することがあります。特に服で覆われている部分におこりがちです。体が暑い環境になれていけば徐々に治まっていきます。なるべくあせもがおこっている部分を空気にさらすようにして乾燥させておくことが大事です。ステロイドの塗り薬を使うこともあります。
熱中症とは
熱中症とは暑熱によっておこるあらゆる障害の医学的総称で、熱失神、熱痙攣、熱疲労、熱射病が含まれます。中でも、熱射病が一番重症な疾患で、緊急対応が必要となります。また、よく使われる”日射病”は正式な医学用語ではありません。
熱性浮腫(Heat oedema)
暑さで血漿体積が増え、皮膚の血管拡張がおこることによって身体の末端部、特に手足に水分が溜まり、浮腫むことがあります。特に治療の必要はなく、自然に治まるはずです。利尿剤を短期間使うこともあります。もし、暑さに関係なく浮腫みがおこるようでしたら他に原因があるかもしれません。
熱失神(Heat syncope)
熱性浮腫と同じメカニズムで身体の末端部に水分が溜まり、とくに下肢に溜まると心臓への血流が減り、低血圧になることもあります。治療方は身体を休め、水分を補給することです。心不全などがあればよりおこりやすくなります。
熱痙攣(Heat cramps)
気温が高いときに長期間運動をするとおこる筋肉が痙る現象です。とくに膝屈曲筋(hamstrings),大腿四頭筋(quadriceps),腓腹筋gastrocnemius)などの大きな筋肉におこりがちです。原因ははっきりとわかっていませんが、身体を休め、水分と電解質の補給をすることによって治まります。
熱疲労(Heat exhasution)
極端に暑い環境に長期間いると身体のホメオスタシス(homeostasis、恒常性)が保たれなくなり、熱疲労の症状がおこってきます。
体温は高めになりますが、平温の場合もあります。熱射病との違いは、たとえ体温が上がっていてもコア体温(核芯温)は40 ℃以下であることが定義です。頻呼吸、頻脈、衰弱、吐きけ、嘔吐、発汗、失神、筋肉痛、皮膚の紅潮、頭痛、疲労感などが症状です。意識は明瞭です。内臓への影響はありません。熱疲労の場合、水分と電解質が必ず不足しています。経口ルートか点滴で水分と電解質を補充することと身体を冷やすことが大切です。
熱射病
体温を保とうとするホメオスタシスのメカニズムが働かなくなると核芯温は上昇を続け、41.6~42℃まで達すると身体の細胞に損傷をきたします。そして、体内に炎症反応がおこり、血液の凝固のカスケードもおこってきます。このカスケードが進むと播種性血管内凝固症候群 (小血管において凝固因子と線溶酵素の調整しがたい活性化に引き続いて起こる出血徴候をいう,disseminated intravascular coagulation, DIC)がおこることもあります。この炎症反応は全身性炎症反応症候群 (systemic inflammatory response syndrome, SIRS)といい、以下の4項目のうち2つ以上を満たす状態です。
1)発熱 (38℃以上) または低体温 (36℃未満) ,
2)頻拍 (90/分以上) ,
3)頻呼吸 (20/分以上) またはPaCO2が32mmHg未満,
4)白血球増多 (12,000/μL以上) または減少 (4,000/μL未満) または未熟顆粒球10%以上
SIRSとDICによって最も損傷を受けやすい臓器は脳(特に小脳)と肝臓です。熱射病の診断に必要なのは、上昇した核芯温
(40℃以上)とともにおこる肝機能障害と脳障害です。脳障害の場合、めまい、錯乱状態、運動失調、てんかん、昏睡状態として現れます。その他には腸や心臓にも影響を及ぼすこともあります。
熱射病は生命に関わることのある緊急事態で、必ず緊急病院で治療を受ける必要があります。治療は身体を冷やし、呼吸器、
循環器の機能を安定させ、水分と電解質の補給をすることです。
核芯温を40℃以下に下げることによって昏睡状態から回復できれば予後はよく、脳や肝臓にすでに損傷があり、DICにより凝固作用が狂っているような場合は予後はよくありません。
熱中症(熱失神、熱疲労、熱痙攣、熱射病)の予防
*直射日光の下で、長時間にわたる活動はさけるー35度以上の環境下では、運動は原則中止です。
*こまめに水分補給をするー汗は体から熱を奪い、体温が上昇しすぎるのを防いでくれます。しかし、失われた水分を補わないと脱水になり、体温調節能力や運動能力が低下します。暑いときにはこまめ に水分を補給しましょう。
*吸湿性や通気性の良い服装にするー皮膚からの熱の出入りには衣服が関係します。暑い時には軽装にし、素材も吸湿性や通気性のよいものにしましょう。屋外で、直射日光がある場合には帽子を着用しましょう。防具をつけるスポーツでは、休憩中に衣服をゆるめ、できるだけ熱を逃しましょう。
*扇風機やエアコンを使った温度調整をするー室内にいる場合は、扇風機や冷房を使い室温を下げましょう。エアコンを使わずに我慢していると熱中症につながる恐れがあります。
核芯温とは
人体の体腔の部分の温度で、ホメオスタシスによって一定に保たれている。測定法は;
*直腸温(rectal temperature) ー肛門より6cm以上深いところで測定する
*食道温(0esophageal temperature) ー食道に感温部が付いているカテーテルを心臓の高さまで挿入して測る。
*鼓膜温(tympanic temperature) ー感温部を鼓膜に接触させて測る方法。