鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice
お腹が張った感覚はよくおこる現象です。実際に胴回りが大きくなる場合とそうでない場合もあります。多くは器質的な原因が見つからない機能性のものですが、炎症性腸疾患、卵巣癌、セリアック病(グルテン過敏性と上部小腸粘膜萎縮を特徴とする小児および成人に起こる病気)などが原因であることもあります。機能性の腹部膨満感は単独におこる場合と過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome, IBS)や機能性消化不良、機能性便秘などを伴うこともあります。
腹部膨満感の鑑別診断
*胃潰瘍、十二指腸潰瘍
*セリアック病
*膵機能不全
*乳糖分解酵素(ラクターゼ,lactase)欠乏症
*消化器の癌
*婦人科系統の癌(例えば卵巣癌)
*腹水(肝硬変、心不全、内臓癌、結核など)
*膵頭十二指腸切除術や胃部分切除などの後におこる細菌の過増殖
腹部膨満感がおこるメカニズム
*ガス
胃腸管の全長は約8メートルで、その中のガスの体積は100-200mlです。腸が敏感な人はガスが少し増えただけでも膨満感をおぼえるかもしれません。胃腸管内のガスが増える原因はいくつかあります。
1)空気嚥 (えん) 下症ー食事を採ったり水分を飲んだりしたときに空気も多少飲み込みます。不安症によって空気を 飲み込んだり、無理にゲップを出そうとして空気をかえって飲み込んでしまうこともあります。
2)二酸化炭素 ー 胃、十二指腸と小腸では胃酸と膵臓から分泌される液が反応して二酸化炭素が発生します。二酸化炭素は溶けて吸収しやすく、ほとんど上部消化器官で吸収されますが、膨満感をおこすこともあります。
3)食べ物の発酵 ー 大腸の中では食べ物が消化管内の微生物叢によって発酵され、水素とメタンガスが生産されます。
寡糖類や芋、オート麦のような特定のでん粉は小腸で完全に消化されず、大腸の中のバクテリアによって代謝され、そのときに多量の水素と二酸化炭素ガスが発生されます。そのガスをまたバクテリアが消費し、メタンガスが作られます。このガスを生産するバクテリアとガスを消費するバクテリアの間のバランスによって腸内 でのガスの量が左右されます。そしてゲップや放屁によるガスの放出も関係してきます。
*腸内のガスと症状との関連
実験によると健康で無症状の人と腹部膨満感を訴えている人とのあいだで腸内のガス体積を量ってみたところ、両者のあいだでほとんど差がないということがわかってきています。腸内のガス体積以外に膨満感をおこす理由がありそうです。
*胃腸内の通過時間
食べ物が胃腸を通過する時間が長ければ膨満感が増すようにも思えますが、必ずしもはっきりとした関連はなさそうです。
過敏性腸症候群でも便秘が主な症状のタイプ(通過時間が遅い)と下痢が主な症状のタイプ(通過時間が早い)とがありますが、どちらも腹部の膨満感はよく訴えられる症状です。その他に食べ物の通過時間が遅くなる原因としては次のようなものがあります。
☆糖尿病性胃不全麻痺
☆腹部手術(部分的胃切除など)
☆甲状腺機能低下症
☆硬皮症(scleroderma)
☆オピオイドや特定の抗うつ剤など
*内臓の過敏性
腸壁には腸内の圧力や腸の筋肉の緊張度を感知するセンサーがあり、絶えず脳にその信号を送っています。この信号を受け取る感度が敏感になっていれば膨満感をより感じるかもしれません。この脳のセンサーメカニズムは複雑で、鬱、不安症状などによって感度が変わるようです。また、膨満感自体もこのような精神状態に影響を与えるようです。
*吸収不良
乳糖不耐性(Lactose intolerance)や果糖、ソルビトールの吸収不良があると腸内の浸透圧を高め、膨満感につながることもあります。
検査
膨満感に関して赤信号の合併症状は次のような症状です。
*夜間の症状(膨満感によって起こされる) *体重減少 *発熱
*便が細くなったり血便がおこる *新しい腹痛
*50才以上で始めて症状が発生した場合 *腹部のしこり
・血液検査:貧血が起こっていれば腸内で出血があるかもしれませんので消化器内科での詳しい検査(内視鏡検査など)が必要です。葉酸、ビタミンB12,カルシウム、淡白、ビタミンDなどの血中レベルが低下していれば吸収不良が疑われます。
・映像検査:内臓腫瘍が疑われる場合は腹部超音波、あるいはCT検査が必要となることもあります。
・便検査:サルモネラ、キャンピロバクター、ランブル鞭毛虫などの感染が疑われる場合は便の培養検査などが必要です。
・内視鏡検査:胃や十二指腸潰瘍、胃や大腸癌、炎症性大腸炎などが疑われる場合は胃や大腸の内視鏡検査が必要です。
セリアック病の確定診断には小腸の生検が必要です。
治療
ライフスタイル;急いで早く食べ過ぎたり、歩きながら食べたり、テレビを見ながら食べたりすると消化不良につながり、膨満感をおこることもあります。
繊維:便秘の人には繊維質を多く摂るように勧められます。便秘が解消されて膨満感がなくなることもありますが、腸内に水分を引き込むことによって膨満感がひどくなることもありますので、もし後者のケースでしたら無理に繊維質を摂り続けないほうが賢明です。
FODMAPダイエット:過敏性腸症候群の人にはFODMAPダイエットという短鎖炭水化物を含む食品を避ける食事療法が効果的なようです。
FODMAPS(Fermentable Oligo, Di, and Mono-saccharides, And Polyols)という短鎖炭水化物の食品類
Oligosaccharides:
Fructans(フルクタン)
ー小麦(白パン、パスタ、ペストリー、クッキー)、タマネギ、アーテイチョークなど。
アスパラガス、ポロねぎ、にんにくなどもこの分類に入りますが、あまり問題はおこしません。
Galactans(ガラクタン)
ー豆科植物(大豆、ヒヨコマメ、ヒラマメ)、キャベツ、芽キャベツなど
Disaccharides(二糖類)
ーラクトース(乳糖) ー乳製品に含まれますが、チョコレートやビールなどにも入っています。
Monosaccharide(単糖類)
ーフルクトース(果糖)ー 蜂蜜や乾燥果実(スモモ、イチジク、ナツメヤシ、レーズン、りんご、梨、サクランボ、桃、スイカ、パパイヤ、など)はフルクトースが多く含まれています。食品によっては高フルクトースのトウモロコシシロップが含まれているものもあります。
Polyols(ポリオル)
ー糖アルコールとイノシトール類のような糖を多く含むアルコール(あらゆる食品や飲み物に人工甘味料として含まれています。)
*Sorbitol-”無糖”のチューイングガムや”低カロリー”食品に含まれています。桃、アンズ、プラムなどの石果にも含まれています。
*Xylitol- ベリー類に入っています。チューイングガムに含まれていることもあります。
*その他のpolyol- mannitol, isomalt, erithrytol, glycol,arabitol, glycerol, lactilol, ribitol など膨満感をおこす食べ物:米、芋、豆類などのような炭水化物、炭酸の入った飲み物、人工甘味料、などはよく膨満感をおこす飲食品です。
薬品:
・胃潰瘍や逆流性食道炎が診断されれば胃酸を抑制する薬を使用すればこのような疾患からおこる膨満感を抑えることもできます。
・抗けいれん薬は過敏性腸症候群の症状を抑えることもありますが長期使用は薦められません。
・消化管運動賦活調整剤 (腸のぜん動を促進する薬)は慢性の便秘に効果が見られます。Prucaloprideという新薬がオーストラリアで発売されています。
・Peppermint oil. Iberogast, それに乳酸菌などのプロバイオテイックなど、市販されている薬品でも膨満感をおこす過敏性腸症候群に対して多少の効果があるようです。